まけまけの帰り北区役所に向った。新しい障害者手帳を交付してもらうためだ。新年度ということもあって窓口は込み合っていた。案内の係りを担当する高齢の男性職員の案内を受けて、番号札を取って椅子に腰掛ける。別に係りの人に尋ねないとわからないわけではないが、せっかく待ち構えているので誘導してもらった。鞄に入れておいた文庫本は吉行淳之介の「不作法のすすめ」という古いエッセイ集で、読んでみたがちっとも興が乗らない。エッセイは当時の風習を知らなくては理解ができないから、やはり同時代人の作家のほうが好ましいようだ。スマホでネットを見るのも飽きたので、人間観察をした。あまりじろじろ見ていると相手に不審がられるので露骨にはできない。気を付けながら辺りを見回した。ヤンキー上がりの夫婦がいるが特に会話をしているのでもない。保険の外交員みたいな服装をした女性はなれた感じで窓口で手続きをしている。代理できている福祉事務職員風の男性もいる。少し離れたところに車椅子のお年寄りが座っていた。しみで汚れたグレーのジャージを着て無精ひげを生やしていた。自分より2番早くその車椅子のお年寄りの番になった。席の前の通路が狭いため立ち上がって後ろに下がった。一番奥の窓口に車椅子を係りに押されて行った。担当の女性とその老人の会話が聞こえてくる。職員はいろいろ尋ねるが老人の声が小さいため聞き取れないみたいでカウンターから回りこんで老人の横で話を始めた。どうやら老人は手押しの車椅子ではなく電動車椅子を利用するために申請手続きに来たようだった。「ここまでどうやって来たのですか?」と問われた老人は「地下鉄で来ました」と、か細い声で答えた。医師の診断書があったとしても認定されるかはわからない。ただ申請自体は受け付けますからと言われ肩を落として帰っていった。そのお年寄りは毎日何を思って生活しているのか。頼れる人もいない孤独の老人の姿は明日の自分の姿かもしれない。悲しいが人間は孤独な生き物ということだ。
イガチョフ