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イガチョフ

紀行文執筆

なぜか海外旅行の体験談が話題になった。遠き昔のお話でほとんど忘れてしまったと口をそろえるTさんとKさんだ。Tさんは大学生の頃、パリとロンドンを見て歩いたという。奨学金を旅費に当てた。言葉も通じない異国でどうやって過ごしたか疑問であるが、若さゆえの行動だったのだろう。一方、Kさんは発病前にタイを訪れた。それで話が終わりそうだったので、記憶の糸を手繰り寄せ旅行記を綴ることになった。Kさんは普段から文章を書く機会が少ないため、順を追って旅を振り返られるようサポートした。出てくるは出てくるは事細かに旅の具体的な場面が思い出されていく。6時間の空の旅で2回も機内食を食べたこと。職場へのお土産にチョコレートを買ったこと。タイ式マッサージ店での金銭トラブルなど。思い出そうとすれば昨日のことのように記憶は戻るのだ。結局Kさんはコピー用紙3枚を使って紀行文を書き上げた。来週にでもみんなの前で発表できれば達成感も得られることだろう。ここまで快復するのに長い時間が必要だったとみな同じ感慨にふける。まけまけでの活躍を知らない主治医に一体何がわかるのであろうか。気分と体調に波があるとはいえ、四六時中障がいが表に出ることはありえない。日常生活に満足しているのなら、自分が障がい者だということすら忘れてしまう。医者はすぐに「そういうのを病識がないと言うんです」となんとしてでも病人に仕立て上げて治療費を吸い取ろうと躍起になる。まけまけは福祉施設であって医療行為は一切していないにもかかわらず、メンバーは病院で見せる「死に顔」とは違う生き生きとした表情で活躍する。人間は自分に不都合な記憶は奥深いところにしまうことで正常を保とうとする。しかし、記憶を完全に忘れ去ることができないのは今回Kさんが海外旅行の記憶を呼び覚ますことができたことからも明白だ。まけまけで新しい歴史のスタートを切ることができただけでも自分たちはついている。ストレッチの際に上げるKさんの悲鳴は復活の宣言でもある。

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