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イガチョフ

 水道管の水を落とさなくても凍結の恐れがなくなった。肌寒く感じてストーブをたくと部屋が暑くなりすぎて調整がうまくいかない。それだけ季節は春に変わりつつある。早朝の冷え込みもゆるくなり、まけまけへ向かう足取りも軽い。すれちがう人の中には犬の散歩をする人以外に、道路に落ちたゴミくずを拾って歩く人も見受けられる。善行を積むのは気持ちがいいだろう。なかなかまねできないことだ。「ご苦労様です。ありがとうございます」と一声かける心が欲しいが、そんな小さな感謝すらできない自分が恥ずかしい。まけまけの入るマンション前には駐車場があり、管理人のおじさんが一日中事務所に詰めている。朝と帰りの挨拶は欠かせない。たまに立ち話をしてみる。ささやかなことではあるが、人と繋がると安心感が芽生える。まけまけでも、メンバーがお互いを気遣う場面が見受けられる。Sさんは遠方からの通学のため朝の会には参加できない。ストレッチが終わった頃の到着だ。かつて某ホテルのブティックで働いていただけあっておしゃれな女性で、今日も素敵なコートを羽織ってきた。Sさんから見れば娘同然のAさんが気を利かせハンガーにSさんのコートを掛けてあげようと手をさし延ばしたとたん、Sさんは泣き出してしまった。一人住まいのSさんにとって、ひとから親切な行為を受けることが何より嬉しく、涙がこみ上げて止まらなくなってしまった。Aさんも突然のことで心配げに立ち尽くしていたが、状況がわかると安心して笑顔を見せていた。「泣きなさい。笑いなさい」喜納昌吉の「花」という歌が思い出された。Sさんは花が大好きで、まけまけにも素敵な花を持ってきてくれる。花は幸せの象徴だ。心の中に咲く花は枯れることがない。泣くだけ泣いたらすっきりしたようで、いつもの陽気で明るいSさんは話題の中心に返り咲いた。寄り添ってあげるだけで、十分助け合うことになりうる。短い生涯だからこそ、裏表のない正直な人間関係を持ちたいものだ。最後は笑い泣きして死んで行けるだろうか。

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