子供たちがご飯を食べる姿を見ると、生きるとはまさしく食べることであると認識する。親である自分が倒れたとき子供たちはどう振舞うのだろうか。ときどき何もかもなげうって消えてしまいたくなる時がある。それを思いとどまるのも子供たちがいるからに他ならない。食事の準備にとどまらず、買出し、洗濯、掃除など自分がこなしている。せめて食べることぐらいは自力でできるように教えたい。特に息子は甘えん坊だ。自分でお湯を沸かしてカップ麺すら作ったことがない。地震でブラックアウトに見舞われ停電になったことはあったが、食料は確保できた。食べることは生命維持の目的以外に、食欲という欲求でもある。飢餓に苦しむ国の子供たちをよそに、日本は飽食の時代でフードロスが当たり前だ。我が家は食べ物を粗末にしないように、生鮮品の買出しには気を使っている。副菜はなるべく味付けを濃くして長持ちするように配慮している。夏場は冷蔵庫に入れているとはいえ食べ物は傷みやすい。自分は子供の頃、母親から料理のレシピを書いてもらい持ち歩いていた。それを見て自分で作ったことはないが、お守りにしていた。これが母親の食育だった。どこかで親から独り立ちするときが来る。それまでに身に付けなければならないのが生活力だ。あれもできない。これもできない。やりもせずに最初から諦めてしまう。五体満足の人間にとって自分で食事の準備ができないから誰かの世話を受けないといけない状態になるのは高齢になったときだ。それまではどんな障がいがあっても自力で食事を作る力を失ってはいけない。食べる力を失うことは生きる力の低下に繋がる。「元気出せ。美味いものをいっぱい食べろ」世話になったアイヌ人モントレン・マーの言葉だ。マーが作ってくれた三平汁もカレイの煮付けも忘れられない味だ。美味い物がどこで手に入るか熟知していた。アイヌ人こそ神に約束された地を生きる民族だ。赤ん坊の娘を抱いたマーとのスナップ写真が一枚残っている。マーを失ったことは残念だ。
イガチョフ